その7・点滴針が入りません

入院中の点滴は、やったらやりっぱなし、ということはない。薬剤がなくなれば、当然助産師さんが補充にくる。なくなりそうな時間にだいたい向こうから来てくれるのだが、たまにこちらから「なくなりましたよ」とナースコールで教えることもあった。ちなみに薬剤がなくなったり、点滴ポンプにトラブルがあれば「ぴー」という警報音がなるので、すぐわかる。睡眠中であっても私はこの音が鳴ればすぐ目をさました。そのせいで、同室の人の点滴が「ぴー」と鳴っているのに、誰もこない&その人も熟睡しているらしくナースコールを押さないという時は、代わりにナースコールを私が押して「同じ部屋の人の点滴がぴーと鳴ってますよ〜」と連絡したことも。
それはさておき、妊婦は感染を防ぐため、点滴針を3日に一度差し替えることになっている(普通の、というか妊婦じゃなければ1週間に一度らしい)。これがなかなか大変なことだった。
まず私の血管は「細い」「深い」「逃げる」(By助産師さん)という、病院スタッフ泣かせである。最初の頃は、そんな私でも1、2本は針を入れやすい血管というのがあるので、助産師さんたちはそこばかり使っていた。ただ、同じ場所に刺す場合は、その箇所が薬剤がもれない程度にしっかり復活していないと刺すことはできないので、入院生活が長いとしまいに針を入れる場所がなくなってくるのだ。そうなると、手が使いにくい箇所であっても、どこでもいいからとにかく針を入れろ、という話になる。利き腕の手首、手の甲(かなり痛い)に刺されると洗面や食事がやりにくいので助産師さんたちは「どうしましょ?」と一応私に聞くのだが、そんなことはこの際言っていられないので、「利き腕じゃなかったらいいからお願いします」と言って、入れてもらったこともある。
3日ごとの点滴針の差し替えパターンはだいたい以下のような感じであった。

  • まずそのときの担当の助産師さんが道具を持って刺しにくる。血管が見つけにくい時は手を暖めたりする。(ここで刺せれば問題なし)
  • 担当の助産師さんが一度で刺せなかった時は、針を代えて再度チャレンジする。ただ、何度やっても血管に入らなかった時や、助産師さんが「私には無理」と判断した場合、他の助産師さんが呼ばれてやってくる。面白がってはいけないのだが、人が代わるごとにベテランや針刺しが上手い人、という風にランクアップしていくのが常。
  • 助産師さんでも無理な場合の最終手段が「ドクターコール」である。そう、医師が刺しにやってくるのだ。医師は思い切りがいいのか、細い血管でも探すのが上手いのか、助産師さんよりはだいたい上手らしいのだが、私の血管は入院後期になるとそんな医師も困るほど刺す場所がなくなり、もろくなっていた。ちなみに、ウテメリン点滴すると血管がもろくなるそうで、針が入ってもすぐ薬剤が漏れることが多い(漏れるとそこが腫れたり、青くなる)。なので、あまり使っていない血管をうまく見つけ、その間にもろくなった刺しやすい血管の復活まちをするというのがのぞましいのだが、私の血管は前述の通り、「細い」「深い」「逃げる」という「ハードルの高い血管」(これもBy助産師さん)なので、この最終手段「ドクターコール」のお世話に何度もなった。

私のハードルの高い血管に困る助産師さんたちに申し訳なくて、すみません、とよく謝ったものだが「何をそんな。何度も針を刺して痛い思いするのはあなたじゃないですか」といわれ、さらに申し訳なく思ったものである。
入院後期、何度か針を刺してもすぐ薬剤が漏れてまた差し替え、ということが続いた日、私は点滴針の差し替えを週に1度にできないか、とその日の担当助産師さんに頼んでみた。実は先に赤ちゃんが産まれて退院した同室の人(この人も入院が長くて血管から薬剤が漏れやすかったようで、週1の差し替えになったと聞いていた)のことを知っていたからで、私もどうかな、と思ったからだ。忙しい中私の血管で苦労する助産師さんたちに申し訳なかったし、私自身も楽になるし・・・と言ってみたところ、師長さんに確認してくれて週1の差し替えになった。このころはもう正産期が近づいていたこともあり、OKがでたのではないかと思う。
本当、Y病院の産科病棟の皆様、お世話になりました。

(ドクターコール番外編)
入院後期の頃、ドクターの卵、すなわち研修医が来たことがあった。その日助産師さんが刺せそうな血管を見つけたもの、
「ちょっと私は自信がないし、失敗すると貴重な血管が使えなくなるし。fujiappleさん、インターンの先生に代わってもらっていい?」
私「嫌だなんてそんな。刺してもらえるなら誰でもいいです。」
そして研修医さんがやってきて、助産師さんが見つけた血管に思い切りよく刺してくれた。
後日も針刺しは困難を極め、ドクターコールがされ、またこの研修医さんがやってきた。
研修医「ごめんなさいねえ。痛い思い何回もさせて(2回ほど失敗していたから)。」
腕をさすりこすり指で血管を探す研修医さんに、私は聞いた。
「(失敗が2回も続いたので)あります・・・?血管・・・」
研修医「探します!」
ひたむきに、そしてなぜか嬉しげに血管を探す研修医さんは、その言葉どおり血管を見つけ、思い切りよく刺して立ち去った。
この後、後片づけに来た助産師さんが、
「ドクターコールしたら、M先生が彼(研修医さん)に針刺して来い、と言ったんで、あの人が来たんですよ。」
私「あの研修医さん、前も来て刺してくれましたよ。」
助産師さん「あの人、自分の得意技は点滴の針刺し、って言ってましたからね。それで先生方に行って来い、と言われたんでしょう。」
納得。